発達障害の進化心理【ID,ASD,ADHD,LD】

2021-06-14

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発達障害とよばれる、

・自閉スペクトラム症(ASD)
・注意欠如・多動症(ADHD)
・学習障害(LD)

・知的障害(ID)

に、関しての質問が多いのでまとめておきます。これらは、保育園や学校などの集団生活の中で周りの子と比較して気づくことが多いものです。

『どうしてうちの子は、こんなに落ち着きがないんだろう』
『異常に執着心・こだわりが強い。』
『周りの子と、同じようにできない。』

そういった状況に対応するべく、障害として診断し福祉サービスを利用できるようになっています。視力が悪いと診断された。では眼鏡を買いましょう。そんな感じです。

この発達障害は、様々な見方がありますが、個人的によく使う2つの種類を紹介します。それは、

発達の凹。IDとLD。
発達の凸。ASDとADHD。

この凹凸という考え方です。

凹は、欠けているが故に不都合。
凸は、過剰な故に不都合だと言えます。

そして人の凹凸というのは、人間という種の繁栄には欠かせないものです。

何故、力の弱い人が生まれ、人はそれを助けるのか

人という種の生存競争に勝ち続ける為、人は多様性を獲得しました。それは、障害を抱えた人もそう。そしてそういった人らを助ける事も含みます。

発達の凹という多様性が、僕らにもたらした身近な例でいうと、駅のエレベーターです。

普段ボクたちは、駅にエレベーターがあるのは当たり前だと思って生活しています。でも、駅のエレベーターは、強い人間しかいない社会であれば設置されることは無かったでしょう。

障害のある人が、1970年代から『駅の段差をなくしてほしい。エレベーターを設置してほしい』と延々と陳情や運動を続けて、ようやく実現した成果なんです。

そして、大切なことは、エレベーターが設置されて得をしたのが障害者だけではないこと。高齢者や、ベビーカーを押して外出する親、重たいキャリーバッグを引く旅行者など、エレベーターはさまざまな人たちの利便性につながります。

障害者が生きやすいという事は、健常者にとっても生きやすいんです。


優れた人は何故、少ないのか。

天才が溢れても滅ぶ。

強い者しかいなければエレベーターなど不要。つまり、多少不便でもどうにかなります。しかし、誰でも快適で安全といった工夫をしないと、周り回って生存率は下がるわけです。

ちょっとでもケガや病気をすれば、とたんに生き残ることも難しくなりますからね。また女性や子供の生存率にも繋がるわけです。

因みに、人という種は現在ホモ・サピエンスのみです。過去には、ホモ・ネアンデルターレンシスやホモ・エレクトスといった違う種もいた。

ホモ・ネアンデルターレンシスなんて言うのは、僕らホモ・サピエンスよりも筋肉隆々、脳も大きく、寒冷にも強かったそうです。

しかし滅んだ。強さだけでは、生き残れないのです。

しかし、無くてもならない。発達の凸はまさにその例。進化をもたらすからです。


自閉スペクトラム症。その特徴と適職

・自閉的な孤立
それは、ボクたちが《他の人も自分と同じように考えている》とするTheory of Mindを持たない事。代わりに、法則に従うようなTheory of Mindを持っている事です。

他人の意見に流されない。それは、社会自体の維持にとっても重要だ。自閉症の人は大多数の意見に流されず、冷静に状況を判断できる点で、社会の存続に大きく寄与したと考えている。

・同一性の要求
これはルーティンを守る事や、一つの事に執着する事です。つまり職人的な要素。

原始社会でも、誰もが新しい石器の作り方を考案できたわけではなく、おそらく狩りは下手でも道具作りのイノベーションを起こせる人材が、道具を進化させ、他の社会を淘汰したと考えられる。

そしてこのイノベーションには自閉症を持つ人が大きく貢献したのではといわれている。現代でもそうだからだ。

ASDは、一つの事に没頭する。その一つの事には高い能力を見せる。周りに流されない。そういった強い推進力を持った逸材です。医者、職人、研究職、プログラマー、法律家など専門性が高く正確性を求められる仕事が向いている。


注意欠如・多動症の特徴と適職

衝動的で興味が湧けばすぐ行動。つまり好奇心旺盛でリスクを恐れない。つまり新しい発見やチャンスを掴めるわけだ。

未開の地や新たな狩場を発見したり、危険を冒して新たな生きる道を切り開ける人だといえる。つまりハイリスクハイリターン型の人だ。

そしてそんなリーダーシップやヒロイズムは、人を惹きつける。衝動的で好奇心のままに行動できる。それにより多くの発見や開拓が出来る。人を惹きつける。そんな逸材です。

起業や営業などで、自分の強みを生かせれば、大きな成果を出せる。

ASDやADHD。こういった凸の人は強力な武器を持っているといえる。ただし、そういった人が大半であれば社会の維持はできない。攻撃力特化。守備力特化だけではダメなんです。

そこで僕ら定型発達の人はが多いわけだ。バランスのとれたほどほどの人材。つまり凸の人は少ないくらいがちょうどいいわけです。しかしいなくなっても困るんです。なぜなら役割が違うから。


発達障害は、病気じゃない。

発達障害は、軽度であれば病気じゃありません。文化の障害です。

本来は発達障害と言われるものは、障害でもなんでもなくて、個性であり、特殊能力であり、一つのことに集中できるからこそ才能を開花させられる人が多い。

ただ、なんで発達障害が問題になってるのか。それは、産業革命の後、大きな株式会社が出来、その中で大勢の人が、同じような仕事をするシステムが出来た為だ。

みんなと協調しながら、無難に仕事をしてくれる人を社会が望むようになった。更に技術の向上が、尖った性能より、平凡かつ万能な人材を生かすようになったから。資本主義の労働環境に合わない。それが発達障害の正体です。

これは文化が生んだ障害と言い換えてもいい。実際に、文化が違えばADHDの診断数は全く違う。

日本のような和を重んじる文化圏では多い。東南アジアのような、おおらか、個性が認められる文化では少ない。また、経済が発展した国でも多い。これは、大勢の人が協力して働く会社が発達している事が理由だと思う。